ザンザスの暴力はいつも唐突でそれはとても理不尽な理由で揮われる事が多い(もちろん中には正当な理由で揮われたものとて少数だが存在する)。スクアーロとて剣帝を倒しすらしたヴァリアーの幹部だ。黙ってサンドバックにされるほど落ちぶれてはいず、反抗する力くらい持っている。

だが常人ならば逃げ出すような子供の癇癪じみた甘えともいえるその行動を、スクアーロが責めたことはなかった。

彼はザンザスの一連の凶行を厭ったことは無く、拒絶すらしない。

いや、スクアーロとてマゾヒストな訳では無いから、当然その痛み自体は倦厭したが、ザンザスの激情の発露の受皿たる我が身を呪った事は無いのだ。

男自身すらも滅ぼすその憤怒を、スクアーロは男の身の内から己が代わりに受け取ってやる。

ただ破壊を繰り返すばかりではいや増していくその憤怒に男がこれ以上苛まれないように。

男は自身がもたらす破壊にすらも、苛立ちと憎しみを覚えるからだ。

 

ああ、それが悲しみなのだと、この男に教えてやれる存在は誰もいなかった

 

だからスクアーロは壊れず、そこにあってザンザスの怒りをただ受諾する。

それだけで充分なのだとスクアーロだけが知っているからだ。

身を焼く憤怒とそれにまぎれた慟哭とを抱き留めるために、彼は男の振り上げる拳を、力をいつだとて受けた。

 

 

大丈夫だと、

繰り返す。

 

 

ルッスーリアがやり過ぎよと悲鳴を上げたのを記憶の最後として目覚めたスクアーロのぼやけた視界に入ったのは、見慣れた端正な顔だった。

「ぼ、すぅ…?」

飛び込んできた男の姿に、スクアーロは不思議そうに瞬いた。

そして自分が寝かせられているベットと、ずきずきと痛む全身、状況とをみて、納得する。

なにが気に障ったのか、気絶する寸前のスクアーロは散々ザンザスに殴る蹴る、ついでに何かしら叩き付けるに、首をしめるというまれに見るフルコースをいつもと違って些細な手加減すらされずに受けていた。

黙って暗闇に沈む医務室のベット脇に佇み、満身創痍のスクアーロを見下ろしているのは、流石の男もやりすぎたと思ったからか。

苦痛よりもただ熱い身体。

腕を動かそうとしてそれがギプスで固定され、おまけに全身包帯だらけのミイラ男だと知って当分任務にはつけそうもないと苦笑を洩らしたスクアーロはその拍子にいたんだ腹の中身に、内臓もいくらかダメージを喰らったのだと思い知らされて、しばらくは流入食だと溜息をついた。

それに、ひくりとザンザスがかすかに震えたのを気配でさとり、スクアーロは「大丈夫だぁ」と擦れた声を上げた。

 

なにが、とは告げない。

 

それは体調のことであったりとか、色々な意味をまぜていたのをザンザスもわかっているだろうから。

灯りが無くとも視界に支障なくものを見ることのできるスクアーロの目に映る、無表情の中にどこか不安定なものを覗かせた男を安心させる為の言葉であることは、確実だったけれど。

ザンザスのそれは、恐れか、怯えか。

表現はどれでもいい。

だが、男は確実になにかに不安を持っている。

だから、スクアーロは大丈夫だと繰り返す。

 

大丈夫。

俺があんたを拒絶することはなく、いつだって俺はあんたのもので、あんたの側にいる。

それは絶対で、翻ることは無い。

 

馬鹿よ、とルッスーリアは泣く。

あんたもボスも、大馬鹿よ。と、あの優しい男は泣く。

あんたはいつまでもボスを甘やかしちゃけないし、ボスは知らなきゃならないと。

 

彼の言葉は正しいのだろう。

 

ザンザスは、スクアーロに拠る以外で生きる方法を見つけなければならない。

永遠にスクアーロが、ザンザスの傍にいることはきっと敵わないから。

けれど、スクアーロには男へとそれを教えることがどうしても出来ない。

それはひょっとしたら、ただ一人ザンザスの感情を受けるが故の独占欲であったのかもしれないし、単純に方法がわからないだけかもしれない。

けれど、ザンザスがそれを理解しない以上、スクアーロがそれを代わること、受け入れる事は必然だった。

男自身すら滅ぼす、その身内にわだかまわる狂気じみた憤怒と嘆き。

湧き上がり、降り積もり、決して消えないその激情の数々を。

 

「だってそうしなけりゃあ、あんたが死んじまうだろう?」

 

蛹が蝶へと羽化するように。

蛇が脱皮を繰り返すかのように。

当然の理のようにそうしなければ、ザンザスは苦しさで死んでしまう。

 

だから大丈夫。

安心して自分にぶつけてくればいい。

いくらだって、あんたを苛むそれらの苦痛を受け取って見せるから。

 

 

怒りによってしか哭けない男へ、スクアーロはそう不敵に笑って見せた。